「なあ、お前、ヅラとかどう思う?」





「髪の毛が長い男は、嫌なの」

「……」
「…」
「…」
「…なに…」
「……」
「…」
「…いやいやいや、俺とか坂本のほうがなんかもうむしろロン毛だから!これストレートになったらまじ伸びっから!やべえロン毛だから!しかもほらあれだ高杉なんかあいつ妙に襟足長いだろ?あらーやばい、やば過ぎるっていうか普通にやばい。やばいっつーかキモい。まあおま考えてみろよ、この中で一番ましなロン毛はどれでしょうって。俺か?坂本か?ねーだろ?そう考えっとヅラの方が全然いいだろ?ああいう思い切ったロン毛の方が絶対いいって、俺はそう思う」


玉砕だった。銀時の必死のフォロー?も、もはや傷口に塩を塗りこまれるようなもので、俺はこれからの余生を誰も踏み入れたことのない未開の土地かどこかで一人静かに暮らしたいと思った。そこで伝説の仙人とかになってればいいと思った。
「頭を丸める」
「え、何、坊さんになんの?ちょ、早まるな!」
それでもいい、っていうかなんでもいい。もうなんでもいい。

「つーかよ、お前自身の押しが足りないと俺は感じたんだけど」
「もう…関係ない」
「暗い、この子超暗い!どうしたこれ!」


雨上がりのぬかるんだ地面を踏み潰しながら、ただ、どこへ行くわけでもなく。足の向かうままに、小さい丘を登ってみたり、田んぼの畦道を渡ってみたり、木の周りをうろついてみたり。

「桂…あんたおかしくなったの」
「ああ」

にはちあった。最悪だ。どうだ、お前の嫌いな髪の毛が長い男ですが。

「暑いなら…休んだら。何してるんだか知んないけど」
「無用だ」
「熱中症で死ぬよ」
「放っておいてくれ」

遠くの畦道で、ふわふわした頭が懸命に水田の中を引っ掻き回しているのが見えた。何してんだあいつは。
しかし暑い。茹りそうだ。

「財布でも落としたかな…」

は、わずかに熱を含んだ視線で、向こうにいる銀時を盗み見た。俺は、そんな風に見られるのが、羨ましいと思った。

「なあ」
「…え」

随分前から、の瞳は、いつだって銀時を見ていた。気がつかない振りをしていた。気がつきたくなかった。それでも、嫌でもわかってしまう。俺も、を追っているからだろうか。
好きな男に、自分の思いを汲まれないまま、他の男を薦められるのは、一体どんな気分だっただろう。そう考えると、胸が抉られるようだった。

どうしようもないくらいが好きだし、も俺を好きになってくれたらどんなに良かったか。
でもそれは、もう有り得ないことになった。
この話に決着をつけるのは、多分、俺が大人しく身を引けばいい。それで上手いこと言って、適当に、二人を引き合わせれば、きっと、なるようになるだろう。銀時にだって、案外その気がないわけじゃないかもしれない。

それでまあ収まるところに収まって、残るのは、俺と、このやり場のない思いだけ。
自分が損して、自分が犠牲になって、他人を幸せにするなんて、あまりにも理不尽だ。それじゃあ自分がかわいそうだ。
いつも思う。何かにつけて、そういう役割が回ってくる奴がいる。俺か。ちくしょう。ふざけやがって。

「お前、好きなんだろう」
「だ、誰が」

「ぎ」

口にするのはためらわれた。だって、本当に、そうなる。
の瞳が揺らいだ。まるで、次の言葉を待っているかのように。

「……銀時が」
「ち、違う!」

違うもんか。俺は内心ほくそ笑む。は、赤くなりながら、ぱくぱくと口を開けたり閉めたり忙しそうにしていた。そういえば、ちょっと前に田んぼに鯉が放されていたっけ。藻だの虫だのを食わせるためだか何だかに。の様子はあれに似ていた。
思い出した、銀時は、鯉をやたら可愛がっていた。水面から上がる口先を撫でて、言葉を交えていた。高杉はそんな銀時を気味悪がって、よくそのまま水の中に蹴り落としていたりした。無理もない話だ。

何にでもと銀時が結びつく。


「どこ行くの」
「どこでも」

一人になりたかった。けれど、二人でいたかった。




060718