「山崎、おめえいい加減落ち着いたらどうだイ」
「は、はい…」

ただでさえ野郎とこんな狭い部屋で二人きりにされて、こっちは苛ついてんだ。その上熊みてえにうろうろされたら、たまったもんじゃねえ。
さっきから山崎は、窓を開けたり閉めたり、鏡をちらちら見たり見なかったり、袖を捲くったりおろしたり、腕時計を見たり見なかったり、髪を撫でたり撫でなかったり、壁時計を見たり見なかったり。

「うっぜえな、殴るぞ!」
「…すみません…」

「ていうか」
「あ?」
「…遅いですね…」
「仕度があんだろ、色々と」


何週間か前、近藤さんが呉服屋を連れてさんの部屋に入るのを見た。そのとき俺はたまたま非番だったから、晴れ着を選ぶのになんとなくくっついてった。
畳の上にはたくさんの色と柄の着物あって、千代紙を並べたみたいだった。

「土方さんにはね、まだ内緒なの。ね、どれがいいかな?」
俺は寝転んで、適当にこれがいいだのそれがいいだの言って、優柔不断なさんをさらに悩ませた。
数時間吟味した結果、鶴の織られた白い着物に決められた。さんは「これ結構重たいんだよ」なんつって、嬉しそうに笑っていた。
無難な感じだけど、さんには白が一番似合う。

日に当たらない俺の足首の青白さでも、駄菓子屋の安いレモン味のアイスの白さでも、遊郭の女達の白粉の色でもない。
しいて言うなら、去年の暮れに降った、雪の色だ。
その日は随分冷え込んだ。俺はガキみてえに突然熱出して、さんがずっとつきっきりで看病してくれた。静まりかえった屯所の中で、俺は、さんと二人だけだった。
苦しかったのは熱のせいだけじゃない。さんは、黙って窓の外を見ていた。
「良かった、そんなに凄い雪じゃないね」
「心配ですかい?」
「ううん…」
言葉とは裏腹に、さんは表情をさらに曇らせた。余計なこと、言わなきゃよかった。

明方、血まみれになった土方や近藤さんを始め、他の隊士達が帰って来た。結局一晩を俺の部屋で過ごしたさんは、急いで玄関先まで走って行って、出迎えをした。
「おう総悟」
奴は俺が動けないのをいいことに、ずかずかと部屋の中に入って来て、すぐ横に座った。気持ちわりい。
そうして珍しく目尻を下げて、「具合はどうだ」と今まで聞いたことのないくらい優しい声で、俺に問いかけたのだ。
たまったもんじゃねえ。おめえ何様だ。何、父親面してんだ。ぼうっとする頭ん中で、思いつく限りの罵倒の言葉を奴に浴びせる。調子崩してなかったら張り倒してやったと思う。
俺は何にも言わねえで布団に潜り、土方が出て行くのをじっと待った。
このまま息が止まればいいと、思った。

昼、まだだるい身体を引き摺りながら表に出た。地面は綿を被ったみてえだ。薄く積もった雪が、日の光を反射する。気味が悪いほど、しんとしていた。
玄関先は雪と泥と足跡でぐちゃぐちゃぬかるんでいた。点々と赤い染みが落ちている。てめえのでも仲間のでもない、名前も知らない誰かの。
俺はその染みを下駄で踏み潰した。はらわたが煮えくり返るってのは、こういう気分を言うんだ。



「おい、総悟、山崎。そろそろだぞ」
顔を真っ赤にした近藤さんが、おもむろに襖を開けた。もう涙ぐんでいる。こういう素直でばか正直なのが、中々真似できない近藤さんの良いところだ。山崎が溜息を吐いたので、軽く小突いてやった。
俺はさんが好きだし、それは今だって変わらない。変わるわけない。でもそれは、恋じゃない。なんでだか、これだけははっきりと確信を持って言える。

白無垢に身を包んださんは、今までで一番幸せそうに微笑んでいた。
反対に、土方の奴あ、頭のてっぺんから足の先まで緊張してがちがちだった。あんな分かり易くていいんですかねい。花嫁のほうがずっと落ち着いてる。
晴れの舞台だってのに、眉間に皺よせて、恐ろしく紋付が似合っていなかった。どこのチンピラだい、ありゃあ。


さん」

ゆっくりとした優美な動作で、さんはこっちを振り返る。いや土方、オメーは向かなくていい。
俺は深く息を吸った。言うなら今しかねえ。

結局俺は、きちんと祝いの言葉を言っていなかった。どうも素直になれねえのは、相手があの土方だからだ。でも仕方ない。さんが選んだのだから。
今日が終わって、さんの苗字が変わったって、関係無い。そもそも俺、さんの苗字知らねえかも。
さんは、さんだ。


「結婚おめでとう」
「…ありがと!」

泣くと、化粧がはげますぜ。そう言うとさんは、もっと涙をこぼしながら笑った。器用だ。
だから土方、オメーじゃねえから、そんな照れられても。






Happy Wedding!!
弥生さん結婚おめでとうございます!
060419