何の感情も現れない瞳に「おはようございます」と言われるだけで、身体の奥から寒さのせいじゃない、酷く冷めた痛みが突き抜ける。なんて薄気味の悪い女なんだ、と思った。
黒と白の対比。青白い頬にかかる髪は、一瞬自分を怯ませる、これ以上のものにはなりようがないというほどの、どん底の黒だ。それがあまりにも自然に整い過ぎていて逆に妙な不安定さを生み出しているように見えた。なんともない挨拶以外に、言葉を交えたことなどなかった。それも、彼女が喋るのは決して意味のあるものじゃなく、ただ分散された語をひとつひとつ集めただけだ。人間らしさの欠片も感じられない。


外の空気が欲しかった。けれど、わざわざ散歩に出向くのも面倒だ。霜柱を乱暴に突き崩しながら庭先に歩み出る。見覚えのある姿を目にして、足を止めた。。彼女は物干し竿の横で、淡々と洗濯したばかりの衣類を広げていた。こういう場面ではどうするべきなんだ。声をかけるのは気が進まない。しかしこのまま何も見なかったことにして、引き返すのも馬鹿げてる。まるで俺が逃げたみたいじゃねえか。
色々と考えたあげく、俺はまるで今やっと存在に気づいたんだというのを装い「…じゃねえか」と片手をあげて軽く言った。我ながら不自然すぎる。彼女は視線を俺に向けて、静かに一礼する。黒い瞳に少しばかりの驚きの色を浮かばせた。緩やかな呼吸の音と白い吐息を見て、どうしようもない安堵感を覚える。
「早くから大変だな」
「…仕事、ですから」
それは、あまりに無情な。嫌にはっきりとした、抑揚のない声は氷水のように耳を刺した。俺の中で孤立しつつある彼女の存在をなんとか掬い上げようとしていた。しかしそれは、余計なお世話とでも言うかのように、期待していたものは、一瞬で振り払われてしまって、一体、俺は勝手に何を求めていたんだろうか?
「お昼から、雨が降るんです」
だから早く干さないと、ぽつんと呟いたのは水滴にも似ていた。
「こんなに晴れてるのに」
首を傾げて空を見上げる。からからした空気の中で、とても澄んでいる。
一方的に言葉を投げかけられて呆然とする俺を横に、彼女は眉根を寄せる。仕事の邪魔だ、と心底迷惑そうに俺を見るので、曖昧に苦笑いをしてから背を向けた。
朝の静寂の中で、自分の靴音だけがやけにうるさい。










050119